江戸時代の回春

江戸時代の回春

戦国時代には、回春関連にはあまり興味を持つことのできない時代です。しかし、太平の世の中なら、そのような興味も高まり、庶民の関心は性交に対して注目され始めました。

 

当時の書物を紐解くと、確かに庶民の間にも、不老長寿や回春への関心が高まっていることがわかります。

 

そのための指南書にはどのような方法がかかれていたかというと、どうも、性を付けるための方法ではなく、節制をして、無理せずに長生きすることが秘訣であるというものが多いようです。高齢からの過度な性交などはどちらかというと控えるべきだというのです。

 

では江戸時代の人たちがそのまま鵜呑みにしたかというと、実はそうではありません。町中の薬屋では、回春薬なるものが堂々と販売されていました。そのほかにも民間療法も数多く存在していたようです。

 

マムシの黒焼き、鹿茸、スッポン、山芋など、性のつくものとされていました。
イモリの黒焼きなどの約ガンとして販売しているものもいました。長命丸。帆柱丸。地黄丸。通和散。などは下郎の秘薬として用いられていたようです。

 

その中でも猛丸というものは、オットセイの性器を☆手児奈にして、丸薬にしたものです。オットセイは一匹のオスが百匹のメスを従える動物として知られています。そのために性欲のおお様としてみなされていました。

 

このように江戸時代にはいろいろな回春薬が重宝された時代でもありました。また川柳などでも、夫が勃起できないばかりに、悲しむ妻の姿なども描かれています。